東京高等裁判所 平成6年(ネ)5571号 判決 1995年12月25日
東京都中央区<以下省略>
控訴人
明治物産株式会社
右代表者代表取締役
A
右訴訟代理人弁護士
飯塚孝
神奈川県大和市<以下省略>
被控訴人
Y1
神奈川県横浜市<以下省略>
被控訴人
株式会社Y2
右代表者代表取締役
Y1
右両名訴訟代理人弁護士
石戸谷豊
主文
一 原判決中、被控訴人Y1に関する部分を次のとおり変更する。
1 被控訴人Y1は、控訴人に対し、金二五三六万一三一三円及びこれに対する平成四年五月一二日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
2 控訴人の被控訴人Y1に対するその余の請求を棄却する。
二 控訴人の被控訴人株式会社Y2に対する本件控訴を棄却する。
三 控訴人と被控訴人Y1との関係では、第一、二審を通じ、訴訟費用を一〇分し、その三を同被控訴人の、その余を控訴人の負担とし、控訴人と被控訴人株式会社Y2との関係では、控訴費用を控訴人の負担とする。
四 この判決は第一項1に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人Y1(以下「被控訴人Y1」という。)は、控訴人に対し、金八四五三万七七一三円及びこれに対する平成四年五月一二日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
3 被控訴人株式会社Y2(以下「被控訴人会社」という。)は、控訴人に対し、原判決別紙物件目録記載の土地建物(以下「本件不動産」という。)について、同別紙登記事項目録記載の根抵当権設定登記手続をせよ。
4 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
5 2につき仮執行宣言
二 被控訴人ら
本件控訴を棄却する。
第二本件事案の概要
一 本件事案の概要は、次のとおり補正するほかは、原判決の「事実及び理由」欄の第二項記載のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決二枚目表四行目の「綿花」を「綿糸」に、同一二行目の「同被告はその預託が困難であり、」を「同被控訴人にはその預託が困難であったため、」に、同裏一行目の「被告会社において、」を「これを担保すべく、被控訴人会社との間において、」に、同二行目の各「抵当権」を「根抵当権」に、同一一行目の「入金額欄」から同一三行目末尾までを「入金額欄記載のとおり(ただし、平成元年四月一二日欄の二〇〇万円を除く。)、昭和六二年七月二一日までの間に四三五〇万円を預託し、平成元年四月一二日に二〇〇万円を支払った。」にそれぞれ改める。
2 同三枚目表二行目の「において、」の次に「昭和六二年一二月三日、」を加え、同裏九行目の「原告が」から同一三行目の「約八〇〇〇万円の」までを「また、右同日現在の終値で手仕舞した場合にも、なお三四〇〇万円余を清算金として用意しなければならなかったが、これを直ちに支払うことができないうえ、さらに今後、四五〇〇万円の委託証拠金の範囲内で取引を継続することを希望したため、昭和六二年一二月三日、控訴人は被控訴人会社との間において、被控訴人会社所有の不動産を売却した代金から被控訴人Y1の右清算金や今後の取引の委託証拠金の合計八〇〇〇万円を支払うこととし、その」にそれぞれ改める。
3 同五枚目表三行目の末尾に「委任に基づくものである場合、被控訴人Y1が支払うべき清算金額。」を加える。
第三当裁判所の判断
一 争点1について
1 証拠(甲一の1ないし9、四の1、2、五の1ないし3、六、七の1ないし3、八の1、2、一〇の1、2、一一の1ないし15、一二の1ないし4、一三の1ないし20、一四の1ないし14、一五の1ないし254、一六の1ないし85、一七の1ないし28、一八の1ないし21、一九の1ないし127、二〇、二一の1ないし67、乙五、証人C、被控訴人Y1本人(後記措信しない部分を除く。))及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(一) 被控訴人Y1は、昭和四九年にa大学経済学部を卒業後、b銀行に勤め、昭和五一年に父親が創業者である被控訴人会社に入社し、その後代表取締役になった。被控訴人Y1は、昭和五三年ころに商品先物取引を手掛けたが、危険性が高いことを認識して短期間で取引を終了させた経験があるところ、控訴人に委託をして取引をしている友人の勧めを受け、昭和六一年一一月二七日から、控訴人に委託して、生糸、乾繭、小豆、綿糸等の多数の商品について先物取引をするようになった。昭和六二年七月中旬には、被控訴人Y1が委託した売買取引が相場の変動により損計算となり、追証拠金の預託が必要となったため、被控訴人Y1は、同月二一日、控訴人に五〇〇万円を預託したものの、その時点で、控訴人に預託した金員は四一四〇万円に及んでいたことから、同月末ころから、担当者であった控訴人横浜支店の副課長のBに対し、資金的に余裕がないので相場がうまくいかなければ手仕舞したい旨相談していたが、Bはこれを押しとどめているうちに、同年八月初旬、相場の変動により再び追証拠金がかかった。
(二) 被控訴人Y1は、控訴人から再び追証拠金の支払いを迫られたものの、これを支払わず、建玉については、順次手仕舞をするよう申し出たため、Bは、同月一一日から二〇日までの間に、順次、小豆、銀、生糸、粗糖については手仕舞をしたものの、綿糸、白金は両建状態(ただし、綿糸については売りと買いの限月が一致していないので、厳密な意味での両建てとはいえない。)にした。なお、この間において、被控訴人Y1は、同月五日に小豆の、同月七日に銀の各新規取引の注文をしている。
その間、Bは、控訴人横浜支店の支店長兼本社営業部長のCにその対処方を相談し、Cは、Bとともに、同月中旬ころ、被控訴人Y1と面談したが、その際、同被控訴人は、すべて手仕舞したい旨相談したのにもかかわらず手仕舞に応じてもらえなかったとの不満を述べ、もはや手持資金に余裕はないとして追証拠金の支払いを渋った。
Cは、これに対し、被控訴人Y1から同被控訴人や同人が経営する被控訴人会社の資産状況等の説明を受け、不動産の売却をする旨の話を聞いたため、とりあえず資金が出来るまで証拠金の支払いは猶予し、右時点で建玉を全部は手仕舞せずに今後の相場の動向を見ながら対応策を話し合うことを提案し、同被控訴人はこれを承知した。
その後、Cは、月に一、二回の頻度で、被控訴人Y1と会っては、同被控訴人や被控訴人会社の資産状況について聞き出し、同年一一月二四日までの間、新規の玉を建てることなく綿糸、白金についての前記のような両建てないしこれに準ずる状態を維持し、損金額を確定させることなく相場の動向を見ていた。その結果、右時点の建玉は綿糸の売りと買い各一〇〇枚、白金の売りと買い各五〇枚で、その値洗差損金は合計二九六九万円六〇〇〇円に達し、計算上、さらに委託証拠金として五一〇三万円余の不足状態となり、また、これを手仕舞するとすれば、約三五〇〇万円の精算金を支払わざるを得ない状態になっていた。
(三) しかし、Cは、被控訴人Y1から、被控訴人会社所有の横浜市<以下省略>所在の土地(本店所在地)及び同土地上の五階建のビル(以下「本社物件」という。)の売却交渉をしているものの、賃借人であるテナントの明渡交渉等もあり売却までに時間がかかる旨を聞き出していたため、被控訴人Y1に対し、今後は取引により売買差損金を減らす旨甘言を用い、新規取引に要する委託証拠金を四五〇〇万円以内にとどめる条件でCに取引を任せるよう説得し、右物件が売却できた時点まで、右取引に必要な委託証拠金等の支払を猶予する旨提案したところ、被控訴人Y1もこれを了承した。
そこで、被控訴人Y1は、Cに対し、同年一二月三日、控訴人横浜支店応接室において、右提案内容に沿い、今後も被控訴人Y1が控訴人に委託して委託証拠金四五〇〇万円の範囲内で商品先物取引を継続する旨、売りに出している本社物件の売却代金から正常な取引形態に復帰するのに必要な支払をする旨、右のような臨時の取引をするのは翌六三年五月末日までとする旨、担保の趣旨で被控訴人所有の本件不動産の権利証を預ける旨を記載した被控訴人会社名義の書面(甲四の2、以下「本件書面」という。)を作成のうえ交付した。他方、Cは、右権利証につき、本社物件が売却できた場合に必要な支払いを受けるまで預かる旨記載した預り証(甲四の1)を作成交付した。
(四) その後、C(同人は昭和六三年五月ころには控訴人の取締役になった。)は、被控訴人Y1には時折接触して説明をするなどしていたものの、個別具体的に銘柄、価格、数量等の指示を受けずに次々に綿糸、銀、白金、金、ゴムの売買を行った。被控訴人Y1は、その都度、委託売付・買付報告書の送付を、また、毎月末に残高照合通知書の送付を受けていたが、その間、これらのCのした取引内容になんら異議を述べることはなかった。
(五) 被控訴人Y1は、前記本社物件につき、昭和六三年四月一八日、巧企画工業株式会社との間で売買契約を締結し、その約二年後に実際に右物件を明け渡して、本店を横浜市<以下省略>所在のビルに移転したが、Cに対しては、まだ売却できていない旨弁解するなどしていた。また、この間、Cからの依頼に基づき、控訴人本社に追証拠金差入れ等の見込みを説明をするために、現在本社物件売却に努力中であり、売却後には正常な取引に戻りたいと考えているとの趣旨の書面(甲二〇)を作成交付した。また、被控訴人Y1は、平成元年四月ころ、Cに対し、決算で用いる等の口実を述べて前記のとおり預けていた本件不動産の権利証を一時返還してもらったが、その間の同月一〇日、右不動産にc信用農業協同組合に対して極度額一億八〇〇〇万円の根抵当権を設定するなどした。そして、被控訴人Y1は、Cから、一部でも証拠金を入金するよう言われたため、同月一二日、二〇〇万円を預託した。
(六) Cは、被控訴人会社が前記のとおり本社物件から他のビルに移転したことを知りながらも、本社物件の売買契約の成否等について特段調査することもなく、それまで猶予していた委託証拠金等の支払いを督促することもなく取引を続けたが、昭和六三年七月に銀の、平成二年三月に綿糸の、同年一〇月にゴムの、平成三年二月に白金の、平成四年四月に金の各建玉を手仕舞し、同月二七日、すべての取引を終了させ、その結果、売買差損金六六三〇万七八〇〇円、取引税二七万三六八五円、委託手数料六〇九〇万七八〇〇円、消費税合計四万四八四三円となり、合計一億二七九三万七七一三円の損金が生じた。以上の本件商品先物取引の内容の明細は、原判決別紙売買明細表記載のとおり(ただし、「白金」取引の番号18の「買付」欄の約定年月日として「63・8・4」とあるのを「62・8・4」と訂正する。)である。
控訴人は、被控訴人Y1に対し、同月二八日付けで、証拠金の損金への振替により帳尻損金が八四五三万七七一三円である旨の通知書(甲八の1)を送付し、同月三〇日、右同額の控訴人の立替金につき同年五月一一日までに入金するよう記載した依頼書(甲八の2)を送付し、右書面はそのころ、被控訴人Y1のもとに到達した。
2 以上の事実によれば、被控訴人Y1は、昭和六二年七月末ころに、いったん担当者のBに対し、手仕舞を申し入れたにもかかわらずBがこれに反対して結局手仕舞に至らなかったという経緯があったものの、その後、前記のとおりCとの話し合いの結果、遅くとも本件書面を作成した同年一二月三日の時点で、その時点までの被控訴人Y1名義の取引の継続、建玉、売買差損金の存在を前提としたうえで、引き続き、必要な委託証拠金の支払は本社物件売却時まで猶予してもらったうえで、引き続き控訴人に取引委託をしたものと認められる。
これに対し、被控訴人Y1は、昭和六二年七月下旬に、全建玉を決済するよう、当時の担当者であるBに申し入れた旨、しかし、Bがこれを決済しなかったため、本来、売買差損金が二〇〇万円程度で済んだはずのところ、損金が拡大した旨、そのため、Cが控訴人側の非を認め、責任をもって対処する旨約し、同年八月以降の取引については被控訴人Y1が関与せずにCが無断で行っていたものであるから、その取引の結果を帰属させられるべきものではない旨主張する。
そして、被控訴人Y1は、同年七月二一日に五〇〇万円の追証拠金を預託した際、Bに対し、これで好転しなければ資金がないので取引はやめると伝えた旨、その後、相場がマイナス方向に働き、同年八月三日に自分で計算したところ、その終値で追証拠金がかかる状態になったため、Bに対し、右同日の夕方に電話で取引を止める旨指示し、翌日朝、再度、資金がないから手仕舞するよう申し入れた旨、しかし、その後手仕舞した旨の報告書が来なかったため、同月一〇日、不審に思ってBに問いただしたところ、手仕舞していないことがわかった旨、その時点では既に売買差損金が増えて精算するとマイナスになるため腹が立ち、同月一一日、控訴人横浜支店に出向き、その時点での清算金は支払うのですぐ手仕舞してほしい旨再度申し入れた旨、同月中旬、喫茶店でBの紹介でCと会い、経緯を説明したところ、CはBを叱責し謝罪したうえ、なんとか迷惑をかけずに事態を収拾する旨言われた旨、その後、何度かの面談を経て、Cから、被控訴人Y1の口座を利用してCがマイナスを挽回しゼロまでもっていき、控訴人の立替金をなくし、被控訴人Y1に迷惑をかけることもなくしたい旨提案されたもので、Cと会って以降は、取引はCが独自に行い、被控訴人Y1は関係ない旨、また、被控訴人Y1は、Cから、被控訴人Y1名義の口座を利用して損金を約半年で挽回するので、それまでの間、他の役員を納得させるために形の上では被控訴人Y1が本社物件の売却代金から必要な支払をすることにしてくれと言われ、実行の意思も可能性もない内容のものであることをCも承知のうえで、言われるままに本件書面を作成し、本件不動産の権利証と印鑑証明書を預けた旨供述する(乙五、被控訴人Y1本人)。
しかし、同年八月一一日以降同月二〇日までに、綿糸、白金以外の銘柄の手仕舞及び綿糸、白金を両建てないしこれに準ずる状態にする操作が順次行われ、また、この間において新規取引の注文も出されているという取引の推移に照らせば、右主張のように、同年八月三日ないし四日、又は同月一一日の時点で、Bに対し、すべての玉を手仕舞するよう指示したにもかかわらず、Bにおいてこれを一方的に無視し、Cにおいて、非を認めて被控訴人Y1に一切迷惑をかけないと述べ、同年八月三日ないし四日以降の取引の結果は、一切被控訴人Y1の計算に帰さないことにしたものとは認め難い。
そして、被控訴人Y1の述べるところによっても、同人は、同年八月中旬時点における売買差損金を挽回し、同人に迷惑をかけないようにするとの説明を受けて、建玉を手仕舞することなく、Cが被控訴人Y1の名義で取引を続行することを容認していたというのであり、また、昭和六一年一一月から始めた取引を打ち切り、建玉を手仕舞して売買差損金と委託証拠金、手数料を差引計算し損金を確定して清算し、あるいは清算したことにしたものではなく、Cからは、今後は、しばらくの間、入金を催促せずにいると言われた旨、そして、被控訴人会社の資産等をも説明するなどして協議した結果、最終的なCの提案が、本社物件が売却できるまでの間清算を猶予し、売却できたらマイナスを支払うという形にして時間を稼ぐ一方、本件不動産を担保にして現在のマイナスを取り戻すのに必要な証拠金を作り、新たな建玉をすることによって、できるだけ早期に挽回して取引を終了させるというものであったというのであるから(前記乙五)、右内容からしても、被控訴人Y1が同年八月初旬までですべて委託による取引を終了したと認識していたものではなく、前記のような経緯があったにせよ、右時期以降も同被控訴人の取引が維持されることを承諾し、これにより損金が減少することを期待していたことが認められる。また、本件書面は、前記のとおり、控訴人横浜支店応接室内で管理部の社員も立会いのうえ(証人C、被控訴人Y1本人)、Cに交付したもので、その内容も具体的であり、右内容に従って、現実に本件不動産の権利証及び印鑑証明書が交付されている事実、また、Cが被控訴人Y1に交付した、被控訴人会社宛の右権利証の預り証にも、被控訴人Y1が商品取引を継続するために預かり、本社物件が売却できた場合に必要額の納入を受けるときに返還する旨記載されているのみで、被控訴人Y1の主張に沿う、被控訴人Y1は以後の取引の結果についてなんらの法的責任を負わないとの趣旨の記載はまったくなされていないこと、被控訴人Y1は、平成元年三月ころ、控訴人宛で、同被控訴人の口座の内容を少しでもよくしてもらえるようC部長に世話になっている旨及びこれに報いるために本社物件の売却により資金を浮かす予定でいる旨を記載した書面を提出していること、被控訴人Y1は、平成元年一一月二七日及び平成三年四月一五日付けで、控訴人との取引委託契約において必要な書類に署名押印していること(甲一の8、9)、平成元年四月一二日には金二〇〇万円を支払っていること、さらには、被控訴人Y1はわずかな期間ではあっても先物取引の経験を有し、昭和六一年一一月から始めた控訴人に委託しての取引でも多額の資金を預託して多数の建玉を立てたうえ、自分なりに値洗計算をして差損金を大略計算し、また、相場の動向をみて追証拠金の必要の有無等を検討していたのであり(乙五、被控訴人Y1本人)、先物取引の仕組を理解していた者であることに照らしても、右一一月以降の取引の結果生じた損金については被控訴人Y1はなんら責任を負わない旨の合意が成立していたとする同被控訴人の前記供述は、容易に採用し難い。
その他、前記認定を左右するに足りる証拠はない。
(なお、本社物件は昭和六三年四月一八日の時点で巧企画工業株式会社に売却され、二年後の平成二年には被控訴人会社の本社事務所が他所に移転しているのにもかかわらず、また、本件書面で、被控訴人Y1が委託証拠金の支払の猶予期間と一応定めた昭和六三年五月末日をはるかに経過した後も、Cにおいて、右物件についての売買契約の成否を調査し、約束どおりに必要な証拠金の支払を回収しようとした形跡がないばかりか、前記のとおり、担保の趣旨で預かっていた本件不動産の権利証を返還し、被控訴人会社において金融機関を権利者として極度額一億八〇〇〇万円の根抵当権の設定登記を可能にしている等の事実からすれば、Cにおいて、本件書面記載の内容のとおり被控訴人Y1に以後の取引継続に必要な委託証拠金全額を預託させることをどの程度期待していたのか、疑問の余地はあるものの、これをもって、本件書面は形式的な書面にすぎず、記載内容を実行する意思はいずれの側にもなかったとの被控訴人Y1の供述を採用することはできない。)
3 しかし、原判決別紙売買明細表記載の取引は、昭和六一年一一月二七日以降、昭和六二年八月中旬ころまでに行われた手仕舞の時期までの取引にとどまらず、その後前記のように不完全な両建状態を形成するための取引や、Cが被控訴人Y1から一任を受けてした取引をも含んでいるところ、右八月中旬を過ぎてからの取引は、前記1認定事実のとおり、控訴人の職員が、被控訴人Y1から同年八月上旬までにもはや手持資金がなく、追証拠金も支払えず、以後、取引を継続するために必要な委託証拠金も預託できないので手仕舞したい旨を聞いていながら、確実に損金を減少させる見込みもないのに、被控訴人Y1の求めた手仕舞を一部建玉について行わず、そのまま相場の動向を見つつ取引を継続するよう勧め、とりあえず、半年後の昭和六三年五月末日までの限度でその支払を猶予することにしたうえ、損失を挽回してやると言って売買を一任させ、右期間経過後も、そのまま委託証拠金なしに取引を続け、多数回の取引を五年余の間続け、結果的に損金を増大させたものである。控訴人側としては、昭和六二年八月当時において被控訴人Y1の商品先物取引が前記のような状況に立ち至った以上、その時点で被控訴人Y1の求めるとおり取引を打ち切ったうえ清算のための方策を講ずるべきであるのに、前記のように委託証拠金なしで取引を続けさせ、これによって損失の挽回ができるとの期待を抱かせ、結局、この期待を裏切る結果となったのであるから、このような控訴人の対応には過失があり、信義則上、本件全取引により生じた清算金のすべてにつき被控訴人Y1の計算に帰せしめることはできないものというべきである。
他方、被控訴人Y1においても、いったんは手仕舞を求めたとはいえ、また、Cの甘言に乗せられたとはいえ、結局、取引の継続による損失挽回に期待をかけ、取引継続を承諾して、昭和六二年一二月三日、本件書面を作成し、いずれ本社物件の売却時に資金を捻出して必要な支払をする旨約したうえ本件不動産の権利証等を預け、委託証拠金なしに取引を継続したのであるから、当初の手仕舞を求めた時期以後の損金について全く責任がないとはいうことはできない。
以上の事実に加え、被控訴人Y1が昭和六二年当時において手仕舞をした場合に生ずる清算金の支払義務や、同人がその後の取引についての委託証拠金の支払を免れていたとの事情等、本件に現われた一切の事情を勘案すれば、被控訴人Y1は、本件全取引の結果生じた清算金の三割である二五三六万一三一三円の限度で清算金の支払義務を負うものと認めるのが相当である。
二 争点2について
1 控訴人は、被控訴人会社との間において、昭和六二年一二月三日、本件不動産につき、同年一一月二四日時点での建玉を手仕舞した場合に必要な清算金約三五〇〇万円と右期日以降に新たに取引を行うために必要な委託証拠金四五〇〇万円を担保するための、極度額を八〇〇〇万円とする根抵当権を設定する旨の合意が成立した旨主張する。しかし、前記一1認定のとおり、被控訴人Y1が、右同日、Cに交付した本件書面(甲四の2)には、本件不動産の権利証を預ける旨、これを担保として四五〇〇万円までの範囲で商取引を継続するようお願いする旨が記載されていること、右書面とともに、本件不動産の権利証及び被控訴人会社代表者の印鑑証明書(甲五の3)が交付されたこと、また、同年一一月二四日時点の建玉を手仕舞するとした場合の必要な清算金は約三五〇〇万円であったことからすると、被控訴人Y1において、同人が代表者である被控訴人会社所有の本件不動産の権利証を担保権の設定登記手続等はしないで本件不動産の処分を拘束する事実上の担保の趣旨で預けたものと認められるものの、それ以上に、本件不動産に極度額八〇〇〇万円の根抵当権を設定する旨の具体的合意がなされたことは認められず、また、Cが被控訴人Y1に対して右同日に交付した預り証(甲四の1)には、本件不動産に対して抵当権は設定しない旨記載されている事実等に照らせば、右権利証の交付等の事実をもってしても、被控訴人Y1と控訴人との間で、本件不動産について控訴人が主張する根抵当権を設定する旨の合意をしたことまでは認めるに足りず、証人C及び証人Dの各証言並びにCの陳述書(甲一〇の1)中控訴人の右主張に沿う部分はたやすく採用できない。その他、主張の根抵当権を設定する旨の合意が成立したことを認めるに足りる証拠はない。
したがって、控訴人の被控訴人会社に対する本訴請求は理由がない。
第四結論
以上によれば、控訴人の被控訴人Y1に対する本訴請求は、金二五三六万一三一三円及びこれに対する支払期限の翌日である平成四年五月一二日から支払済みまで商事法定利率である年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度では理由があり、その余は理由がなく、被控訴人会社に対する本訴請求は、理由がない。
よって、控訴人の被控訴人Y1に対する本件控訴は一部理由があるから、右と結論を異にする原判決を右の限度で変更することとし、被控訴人会社に対する本件控訴は棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 加茂紀久男 裁判官 鬼頭季郎 裁判官 三村晶子)